大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(ネ)524号 判決 1963年6月29日

控訴人 有限会社 池島商店

被控訴人 前橋税務署長

訴訟代理人 館忠彦 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審での訴訟費用は控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

控訴人は酒類、味そ、しよう油、青果物等の小売業を営む会社であるが、被控訴人に対し昭和二十八年四月一日から昭和二十九年三月三十一日にいたる事業年度(以下本件事業年度という)分の法人税の確定申告として、所得金額を金七三、四四六円と申告したところ、被控訴人は昭和三十年十月三十一日附で右所得金額を金三〇一、三〇〇円と更正した。これに対し控訴人は同年二月二日被控訴人に対し再調査の請求をなしたが、同年四月三十日これを棄却する旨の決定がなされたので、控訴人はさらに関東信越国税局長に対し、審査の請求をなしたところ、同局長は同年八月二十五日右請求を棄却する旨の決定をなし、その旨控訴人に通知がなされたことは本件当事者間に争がない。

被控訴人は、控訴人備付けの各帳簿の記載は正確性を欠き、控訴人の営業内容を正確に把握することができず、しかも控訴人は右帳簿の記載の不備について、合理的に説明をなし得なかつたので、控訴人の本件事業年度における所得金額は推計によつて、算出したものであり、右推計によると金三〇七、四三六円となるから、この金額の範囲内でなされた本件更正処分は適法であると主張するので判断する。

各その成立について争のない甲第一号証の五、同第二号証の六、同第三号証の一、同第五号証の一、二原審証人立川二郎、同小林末男、当審証人平山孝一の各証言ならびに原審での控訴会社代表者本人尋問の結果(第一回)を総合すると、次の事実が認められる。

控訴人はその営業に関し、主要帳簿として、現金出納帳および総勘定元帳、補助帳簿として売掛帳(売上帳)および現金売上帳(青果物売上帳等)を備え付けていたが、各個の取引については経理事務をも担当していた訴外池島宏輔若しくはその他の従業員がその取扱つた取引毎に随時上記補助簿に記入をなし、右現金売上帳等に記載せられた金額を集計して入出金伝票および振替伝票の作成をなした。主要帳簿である現金出納帳および総勘定元帳は常時税理士である訴外立川二郎に保管を任かせておき、同人において控訴人から翌月初に一括して届けられた前月分の各伝票に基いて、その記帳をなしていた(以上のうち現金出納帳および総勘定元帳は控訴人が記載せず、税理士立川二郎に保管させ、控訴人作成の入出金および振替伝票を交付して記帳させていたことは当事者間に争がない)。したがつて、控訴人としては毎日の現金在高と現金出納帳の照合ができない状況に在つたばかりでなく、上記補助帳簿の記載は正確を欠き、現金主義によつて処理されていた小口売掛金については、売掛金補助簿(甲第二号証の六)に入金の記帳があれば、当然に現金売上帳(甲第一号証の五)にも同日附で同額の入金の記帳がなされなければならないのにかかわらず、これを昭和二十九年一月から同年三月末日までの間における取引について右両帳簿の記載をみると前者によれば、昭和二十九年一月二十三日武井にみかん十個百円を掛売し、同月二十五日右百円入金の記載(甲第六号証の二の一四五頁)があるのに、後者の同年一月二十五日欄には右現金入金の記載がなく、又前者には佐々木から同年一月二十七日に金八百二十三円入金した旨の記載(同号証の六の一四七頁)があるにかかわらず、後者の右同日の現金入金欄にはその記載がなく、前者には同年三月二十九日里見に玉な一ケを金五十七円で売渡し、同日金五十七円入金した旨の記載(同号証の六の一五二頁)があるにかかわらず後者の同日欄には右現金入金の記載なく、また前者には同年二月二十八日佐々木から金四百十四円入金した旨の記載(同号証の六の一四七頁)があるにかかわらず、後者の二月二十八日現金収入の欄にはその記載がない。右のように同年一月ないし三月分の現金売上帳の記帳においても合計金千三百九十四円の入金の記載洩れがあり、同月以前の分についてもこれと同様の記入洩れのあることが推認され(昭和二十九年一月以降同年三月末日までの間における記帳の正確性が認められない場合にはそれ以前の記載についても右と同様にみなされても異議のないことは控訴人の認めるところである)、これが主要帳簿である現金出納帳及び総勘定元帳の記載にも影響を及ぼし、結局控訴人備付の諸帳簿の記載によつてはその営業内容を正確に把握することができない。

原審証人池島宏輔の証言および当審での控訴会社代表者本人尋問の結果(第一、二回)中上記認定に反する部分は前掲各証拠と照らし合せて信用することができず、他に右認定を左右し得る証拠はない(なお、被控訴人主張の昭和二九年三月十日藤井の入金一六〇円については前掲甲第一号証の五によれば、その記帳のあることが認められている。)。

上記諸帳簿のほかには控訴人の所得金額を明らかにする資料がなく、控訴人が右帳簿の記載洩れ等について、合理的な説明をなしていないことも本件口頭弁論の全趣旨により明らかであるから、このような場合には合理的な推計の方法によつて控訴人の所得金額を算定することはやむを得ないものとして、許されるものといわなければならない。

よつて、被控訴人のなした推計が合理的方法によつてなされたか否かについて判断する。

被控訴人は関東信越国税局管内における控訴人と同業類似の法人の標準差益率と、前橋市内における控訴人と同業類似法人について調査した実際の差益率を参酌して得た結果に基き控訴人については各その差益率を酒類九・二六%、味そしよう油一七・四〇%、青果物一九・〇〇%、その他の商品二〇・〇〇%(この点は控訴人代表者が訴訟外において認めていた)と推定して控訴人の商品別の売上原価から各商品の売上高を逆算したものであると主張するので、先づこの点について検討する。

各その成立について争のない乙第三号証、同第七号証、原審証人小林末男の証言によりその成立が認められる乙第六号証の一ないし十、同第八号証、同第九号証、同第十二号証のないし八、同第十三号証および右証人小林末男の証言を綜合すると次の事実が認められる。

関東信越国税局長はその管内の各税務署長が各管内の法人について、業種業態別にその商品別の差益率について調査、(酒および調味料の小売業については昭和二十八年五月から昭和二十九年九月まで果物および野菜については昭和二十八年六月から昭和二十九年七月までを標準算定期間とする)した結果に基いて作成した「効果調査事績表」を統計的に集計して「法人の効率表」を作成した。「右効果調査事績表」および「法人の効率表」によれば標準差益率は(一)酒類九・二六%、(二)調味料一七・四〇%(三)果物および野菜一八・三〇%となる。被控訴人は控訴人の差益率を推定するにあたつては、前橋市内における控訴人と業態の等しい同業類似法人有限会社大矢酒店の酒類売上原価と上記標準差益率により同商店の酒類売上高を逆算してみたところ、同商店が実際に算出した酒類売上高と殆んど差異がなかつた。調味料につき同市内における業態の等しい同業類似法人有限会社渡辺酒店の味そしよう油の差益率を調査したところ二〇・〇〇%を超えており、また果物および野菜につき同市内における前同様の同業類似法人有限会社阿部商店、同石川商店、同金井商店の各差益率を調査し、これと上記標準差益率を平均したところ一九・〇〇%の結果を得た。

なお、その他の商品の差益率二〇・〇〇%については、昭和三十年七月頃被控訴人の係員の調査に際し当時の控訴人代表者池島馬之助は右差益率が高率でないことを了解していた。

右認定に反する後記控訴人代表者本人尋問の結果は信用することができず、他に以上の認定を左右し得る証拠はない。

控訴人は、上記各差益率は控訴人の営業所の立地条件その池の特殊事情が加味されていない点に不合理があり、控訴人の計算によれば、その差益率は酒類については八・八四%であり、他の商品についても被控訴人の差益率をはるかに下まわると主張するが、この点に関する原審並びに当審での控訴人代表者本人尋問の結果(原審は第一、二回当審は第三回)は前掲各証拠と対比して信用することができず他に控訴人の右主張事実を肯認し得る証拠はない。

上記認定の事実によれば、被控訴人主張の各差益率は関東信越国税局管内における控訴人と同業類似法人の標準差益率に、控訴人所在地の控訴人とほゞ同業態の法人の実際の差益率を斟酌して推定したものであるから、他に特段の事由の認められない本件においては、右差益率によつて、控訴人の売上高を逆算したことは合理的な方法であると認めるを相当とする。

控訴人の本件事業年度の商品別の売上原価が後記表の売上原価欄記載のとおりであることは当事者間に争がないから、右各売上原価と前記認定の各差益率に基き商品別の売上高ならびに平均差益率を算出(売上高合計額-売上原価合計額/売上高合計額×100平均差益率)

すれば、次表のとおり一二・二五%となることが算数上明かである。

<表 省略>

右表記記載の売上原価には仕入値引益六、八四二円五〇銭を含みこれを控除するものであることは被控訴人の自認するところであるから、右売上原価合計金九、三三二、〇八〇円から金六、八四二円五〇銭を控除した金九、三二五、二三七円五〇銭と前記平均差益率とにより控訴人の本件年度における商品の総売上高を逆算〔9,325,237.50÷(100-12.25%)〕すると金一〇、六二七、〇五一円二七銭となることもまた算数上明らかである(控訴人は本件事業年度の総売高は金一〇、四一二、四三〇円五〇銭、売上値引金二、八〇〇円)差引額金一〇、四〇九、六三〇円五〇銭であることは控訴人備付の各帳簿により明らかであると主張するが、控訴人備付の各帳簿の記載が信用できないものであることは既に認定したとおりであつて、他に右控訴人の主張事実を認め得る証拠はない)。

控訴人の本件事業年度における売上原価、一般管理費および販売費、営業外収益ならびに営業外費用がいずれも原判決末尾添付損益計算書記載(但し差引売上原価九、三二五、二四〇円一五銭とあるのは前記認定の商品別売上原価の合計額から仕入値引益六、八四二円五〇銭を控除した金九、三二五、二三七円五〇銭の誤算と認められる)のとおりであることは当事者間に争がないから、これと上記商品総売上高にもとづき控訴人の本件事業年度の所得金(純利益)を計算すると、金三〇七、四三八円七七銭となる。

してみれば、被控訴人が右所得金額の範囲内で控訴人の本件事業年度の所得金額を金三〇一、三〇〇円と更正した処分はその余の点について判断するまでもなく適法というべきであるから、これが取消を求める控訴人の本訴請求は失当として排斥を免れない。

よつて、右と同旨の原判決は正当で本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第一項によりこれを棄却することとし、当審での訴訟費用の負担については同法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤顕信 杉山孝 山本一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例